石綿(アスベスト)関連の法改正が2021年より順次施行されています。2022年4月からは、すべての建築物の解体・改修工事においてアスベストの事前調査が義務化されています。工事対象物にアスベストが使用されているかを事前に調査し、アスベストが含まれている場合は調査の結果を基に適切な除去工事や飛散防止策を講じることが必要です。
この改正法の施行から2年以上が経ち、アスベスト事前調査や飛散防止策を義務付けられた解体・改修業者や、それを守らせる行政側がどのような動きをしているのか、明らかになってきています。この記事では、その実態を紹介いたします。
違反の具体例
まずはアスベスト関連法案の改正により各種ルールを義務付けられた業者側の動きを、違反や事故の事例をもとに見てみましょう。
アスベスト事前調査の未実施
解体業者やリフォーム業者、建設業者などがアスベストの事前調査を行わずに作業を開始するケースです。これによりアスベストが大気中に飛散し、近隣住民の健康被害を引き起こしたり、法的措置が取られる可能性があります。
2024年3月15日、環境省より令和4年度のアスベスト事前調査報告件数が公表され、618,246件が都道府県に報告されたことが明らかになりました(令和4年度大気汚染防止法の施工状況について)。この報告数は2020年の石綿規制の強化で、2022年度から一定規模以上(※)の建物の改修・解体時に元請業者が調査結果の概要を都道府県に報告することが義務付けられたことを受けたものです。
※延床面積80平方メートル以上または請負金額100万円以上
しかし、実際に報告が必要な対象工事数は219万件以上あり、150万件以上が未報告のまま工事しているという指摘記事があり、その根拠も信頼に足りるものです。詳しくはこちら(改修・解体時のアスベスト調査、約62万件と初報告 実際には2倍超が違法工事か)の記事をご参照ください。
相当数の工事がアスベスト事前調査なしで行われているようです。
不適切なアスベスト事前調査
アスベスト事前調査が形式的に行われ、アスベストの存在を見逃すことにより、施工中にアスベストが飛散するケースです。
2023年10月24日、新潟県の保育園で遊戯室の照明を業者が交換していたところ、天井の仕上げに使われた吹付け材が一部剥がれ落ち、市が採取して分析した結果、アスベストが含まれていることが判明したというものです(保育園の天井からアスベスト検出 新潟市、全市有施設を再調査へ)。
市は国のアスベスト対策の強化を受け、2005、2006年度に1,964あった全市有施設を対象にアスベスト調査を実施しましたが、この調査で該当の保育園はアスベスト無し、とされていました。
2023年10月より、アスベスト事前調査は「石綿含有建材調査者」や「アスベスト診断士」などの有資格者にのみ許可されるようになっており、それ以前の調査であったことも原因の一つといえるでしょう。
アスベスト飛散防止策の不備
アスベスト事前調査によって、アスベスト含有建材が確認されたにもかかわらず、適切な飛散防止措置を講じなかったために、周囲に健康リスクをもたらす結果となったケースです。
広島県三原市で2024年4月10日、11日に行われた三原小の外壁のアスベスト除去作業中に換気口から建物内部に粉塵が散ったと、広島県三原市と市教委が発表した(三原小体育館内にアスベスト含む粉じん飛散か 健康被害の訴えなし)。この原因は外壁の換気口2カ所をシートで塞ぐのを怠ったため、ということです。
行政側の動き
厚生労働省が「石綿ばく露防止対策の推進について」という文章で各都道府県労働局長にあて、その方針を伝えています。
これを受け、大阪府は取り締まりを強化、立入検査数を倍増させています。
参考記事「2022年度に大阪市内でアスベスト調査報告怠る違反112件 立ち入り検査した3割弱が不適正」
増加する解体工事と違反リスク
国土交通省の推計によると、解体工事件数は今後増加し、2028年頃にピークを迎えるとされています。これに伴い違反が増加するリスクが懸念されています。
出展:国土交通省
新たに改正・導入された法令への対応力が弱いと考えられる小規模事業者による規制違反が目立っており、適切なアスベスト事前調査や飛散防止策が取られないまま、工事が進められている事例が増えることが予想されます。
違反に対する罰則
行政処分や罰金
大気汚染防止法などのアスベスト関連法に違反した場合、企業や個人に対して厳しい罰則が課されます。具体的には、工事停止命令、罰金、そして企業名の公表などが含まれます。罰金の額は違反の種類やその影響に応じて異なりますが、アスベストの取り扱いに関しては特に厳格な措置が求められています。また、重大な違反行為が認められた場合、業務停止命令が下され、事業の継続そのものに影響を及ぼす可能性があります。
刑事責任
特に悪質なケースでは、刑事責任が問われることもあります。故意にアスベストの調査を怠ったり、飛散防止措置を取らずに作業を行った場合、その結果として周囲の健康被害が発生した場合、刑事罰として懲役刑が科されることもあります(労働安全衛生法第119条)。これは、アスベストによる健康リスクが極めて深刻であるためであり、業界全体として厳格な対応が求められています。
損害賠償請求
違反行為によって健康被害が発生した場合、被害者やその家族から損害賠償請求を受けることがあります。アスベストへのばく露による健康被害は甚大であり、特に中皮腫や肺がんといった深刻な疾患に繋がる可能性があります(石綿障害予防規則第3条)。そのため、損害賠償の請求額も高額になるケースが多く、企業にとって大きな負担となる可能性があります。
社会的信用の失墜
法令違反によって企業名が公表されると、社会的な信用が大きく損なわれます。これは事業の存続に直接的な影響を与えるだけでなく、取引先や顧客からの信頼を失い、将来的なビジネスチャンスの喪失につながるリスクもあります。特に建設業や解体業のような公共性の高い事業においては、社会的信用が重要な資産であるため、その失墜は取り返しのつかないダメージをもたらすことになります。
違反防止のための対策
従業員教育の徹底
企業が違反を防ぐためには、従業員に対して適切な教育と訓練を行うことが重要です。特にアスベストに関する法令やリスク、調査方法、飛散防止策についての理解を深めることが求められます。これにより、現場での誤解や不注意による違反を防ぐことが可能になります。
定期的な監査とチェック
アスベスト関連の法令遵守を確実にするためには、定期的な内部監査や第三者チェックの導入が効果的です。これにより、潜在的なリスクを早期に発見し、迅速に対応することができます。また、外部の専門家による監査を受けることで、社内の盲点を防ぎ、法令遵守の強化に繋がります。
事前調査の徹底
アスベストの事前調査は、有資格者により厳密に行う必要があります。不適切な調査が行われた結果、アスベストが飛散する事態を招けば、周囲の住民や従業員の健康を損なうだけでなく、企業としての責任が問われることになります。正確な調査を行うための適切な設備投資や、調査員の技術向上を図る研修の実施が求められます。
まとめ
アスベスト関連法案の違反は、重大な健康リスクを引き起こすだけでなく、企業に対して厳しい罰則や損害賠償、社会的信用の失墜をもたらす可能性があります。法令遵守の重要性を再認識し、従業員教育の徹底や監査体制の強化を図ることで、違反リスクを最小限に抑えることが求められます。企業として、社会の安全と健康を守るためにどのように取り組むべきか、改めて見直す必要があります。