2023年に「大気汚染防止法」が全面的に施行されました。この法律により、建築物の解体・改修工事において、アスベストの事前調査が法的に義務付けられました。この記事では、アスベスト関連の法律を遵守し、安全に工事を進めるために必要な基礎知識を提供します。アスベスト対策の重要性を理解し、適切な手順で解体や改修工事を行っていただくことが、この記事の目的です。
アスベスト(石綿)とは
アスベストは石綿(いしわた/せきめん)とも呼ばれる天然の鉱物繊維です。アスベストを正確に分類するとクリソタイル、アモサイト、クロシドライト、アクチノライト、アンソフィライト、トレモライトの6種類に分類されます。
アスベストは耐熱性、断熱性、耐腐食性に優れた特性をもち、建材として広く利用されてきました。しかし、20世紀中ごろにアスベスト繊維の吸入により健康に重大なリスクををもたらすことが明らかになり、多くの国でアスベストの使用が制限または禁止されるようになりました。
日本では1970年代よりアスベストを含む粉塵が発生する作業に対して、防護マスクを使用するなどの作業環境の安全基準が設けられたのをはじめとし、徐々に規制が強化され、2006年9月にアスベストを含む製品の製造、輸入、使用が原則禁止されました。
大気汚染防止法について
「大気汚染汚染防止法」は2021年から2023年まで3回に分けて段階的に施行されました。この法律により釘打ち/釘抜きのみなどの軽微な作業や、明らかにアスベストが含まれていない素材のみを扱う場合を除いた、すべての解体・改修工事を行う際に、アスベストの事前調査と報告が義務付けられました。また事前調査は誰でも実施できるわけではなく、有資格者が実施する必要があります。
身近な工事ですと一般家庭へのエアコンの取り付け・交換工事なども、壁の穿孔作業により粉塵が発生するため、アスベストの事前調査が必要です。
アスベスト事前調査不要の条件
すべての工事についてアスベスト事前調査が必要になるわけではありません。以下のケースではアスベスト事前調査が不要となります。
施工対象の建材に明らかにアスベストが含まれていない
明らかにアスベストが含まれていない素材のみを対象とした工事の場合は事前調査が不要です。例えば金属、石、ガラス、木材や畳、電球などは明らかにアスベストが含まれていない素材です。
軽微な工事
アスベスト規制の理由は、アスベストを含む粉塵を吸入してしまうことで健康に重大な被害をもたらすことです。粉塵の発生が伴わない軽微な工事、例えば釘抜き/釘打ちのみの作業、ボルトやナット等の固定具を取り外すだけの作業などであれば、アスベスト事前調査は不要です。
また、現存する素材に手を加えず、新たな材料を追加するのみの作業も事前調査は不要です。
一方、破壊や切断、穿孔、研磨、剥離などの粉塵を飛散させる可能性がある全ての作業については、事前調査が必要です。
エアコン工事や配線工事など壁に穴を開ける工事も粉塵が発生するため、事前調査が必要となります。
アスベスト含有有無を見分ける方法
事前調査不要の条件に当てはまらない場合は、工事対象物にアスベストが含まれているかを、ルールに従って調査する必要があります。ここでは、その調査方法について概説します。
書面調査
着工日による判定
日本では石綿製品は2006年9月1日より、製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されました。2006年9月以降はアスベストを含有する建材は使用されていませんので、新築工事の着工日が2006年9月1日以降であることが明らかであれば、事前調査は不要です。
メーカー資料の確認、問い合わせ
設計図などの書類から建材の商品名やメーカーロット番号から対象の建材を特定できた場合、メーカーの資料を確認したり、問い合わせをしたりすることで、アスベストの含有有無を判定できます。
6種類すべてのアスベストについての証憑が必要となりますのでご注意ください。
石綿含有建材データベースでの照合確認
国土交通省、経済産業省が運営する「石綿建材データベース(https://asbestos-database.jp/)」にてアスベストが含まれている建材を調べることが可能です。ただし、すべての石綿含有建材が網羅的に掲載されているわけではありません。調査している建材がデータベースに掲載されていないからといって、石綿が含有していないという証明に利用することはできませんので、ご注意ください。
過去のアスベスト事前調査結果
過去にアスベスト事前調査を実施している場合、その結果をもって調査完了とすることができます。
ただし、工事対象のすべての材料について調査が完了している必要があります。工事対象として、過去に調査が完了していない材料が追加される場合は、追加の調査を行う必要がありますので、ご注意ください。
また、2008年2月以前に行われたアスベスト事前調査(分析調査)では、アスベスト6種類のうち、3種類しか分析されていない場合があります。6種類すべての分析結果が確認できない場合も再調査が必要となります。
現地調査
目視調査
現地において、書面調査で確認した内容と異なる点がないかを確認するととともに、建材に印字されている製品名や製造番号を確認し、書面調査と同様にメーカー資料の確認、問い合わせおよび、石綿含有建材データーベースと照合しながらアスベスト含有有無を判断します。
分析調査
書面調査及び目視調査でアスベスト含有有無が把握できない場合、現地にて該当の建材を採取し、分析調査を行います。分析は『分析調査講習を受講し、修了考査に合格した者又は同等以上の知識及び技能を有すると認められる者』が所属する分析機関にて行う必要があります。
アスベスト分析調査の方法
アスベストの分析は、建材などにアスベストが含まれているかどうかを調べる分析です。アスベストが含まれている場合は、その濃度も特定することも可能です。
アスベスト繊維は非常に微細であるため、肉眼では識別しづらく、高倍率の顕微鏡などで分析する必要があります。
アスベストの規制基準
アスベスト含有の規制値は、6種類のアスベストが各々0.1重量%以下であることです。6種類のうちどれか1つでも、0.1重量%を超えていれば、アスベスト含有建材となり、粉じん対策した工事手法、廃棄処分が必要となります。
定性分析と定量分析
アスベストの分析には「定性分析」と「定量分析」があります。
定性分析はアスベストが含有しているか/いないか、のみを調べることができ、濃度まではわかりません。
定量分析は定性分析でアスベストの含有が確認された場合に、その濃度を調べる分析です。
定性分析の方法:JIS A 1481-1とJIS A 1481-2
JIS A 1481-1とJIS A 1481-2は、アスベストの定性分析方法に関する日本の産業規格です。
JIS A 1481-1
JIS A 1481-1は、実体顕微鏡と偏光顕微鏡を使用して、建材中のアスベストの有無を確認します。
この分析方法は、建材の複数の層を個別に調べることが可能で、それぞれの層ごとにアスベストが含まれているかどうかを特定できます。層別分析により、アスベスト除去工事の範囲や方法を効率的に計画し、コストを削減することが可能です。
この方法は人の目による判断が必要で、熟練した分析者が求められますが、高価な機器は不要で、他の方法と比較して分析費用を抑えることができます。
JIS A 1481-2
一方、JIS A 1481-2は、X線回折装置と位相差分散顕微鏡を用いて分析を行います。
この方法は層別分析ができない、というデメリットがあります。採取した検体を粉砕して、検体全体のアスベストの有無を調べます。
JIS A 1481-1とは違い分析者に高度な知識や熟練度が必要ないかわりに、高価な分析機器が必要で、分析費用はJIS A 1481-1よりも高価になります。
定量分析の方法
アスベストの定量分析には、X線粉末回折(XRPD)、透過電子顕微鏡(TEM)、偏光顕微鏡(PLM)などがあります。これらの方法は、アスベストの有無の判定だけでなく、含まれているアスベストの種類や濃度を正確に測定することができます。どの技術を利用するかは、分析の目的や必要な精度、分析する材料の種類によって異なります。
一部の塗料や接着剤、床材や天井タイルなどには、アスベスト含有量が規制値である0.1重量%以下の建材もあります。アスベストの除去工事や適切な処理には、非常に高額な費用がかかりますので、定量調査により、アスベストの含有濃度が規制値以下であることが確認されれば、該当部分については通常の工事プロセスで進めることができます。アスベスト含有を前提とした工事の範囲を限定することで、対応コストを大幅に下げることが可能です。
ただし、アスベスト含有量が0.1重量%以下であっても、無対策で工事を行うことは推奨されません。正確な情報と適切な対策を確認するために、地域の環境保護局や建築基準局などの規制機関に相談することが重要です。
アスベストが発見された場合の対処
工事対象物にアスベストの含有が確認され、その含有量が0.1重量%を超える場合は、アスベスト粉塵が飛散しないようにアスベストの除去工事を行う必要があります。
アスベストのレベルとは
アスベストは粉塵の発生、飛散のしやすさ(発じん性)によって、3つのレベルに分類されます。粉塵が飛散しやすいほど、工事におけるリスクが高くなり、除去工事の費用も方法も変わります。
アスベストレベル1:危険性が最も高い
レベル1は、粉塵の発生リスクが著しく高く、最も危険です。
建材の種類は、石綿含有吹付け材で、アスベストとセメントを混合した状態の建材です。建築物に吹き付けることで固まり、綿のような状態になり、耐火・断熱・吸音のために利用されています。
使用箇所は、鉄筋構造の建築物の梁や柱、ビルの機械室、ボイラー室やエレベーター周りに利用されています。一般的な住宅の建材にはほとんど利用されていません。
アスベストレベル1の対策
粉塵の発生リスクが高いため、周囲への飛散防止として、お知らせ看板の掲示や作業場所の隔離、前室の設置などが義務付けられています。作業員は、高濃度のアスベストに対応したマスクや保護衣を使用するなどの厳重なばく露対策が必要になります。
アスベストレベル2:危険性が高い
レベル2は、レベル1に比べると飛散のリスクは少ないものの、軽量で柔軟性を持つものが多く、崩れてしまうと大量に飛散するおそれがあります。
建材の種類は、石綿含有保温材や耐火被覆材・断熱材などのシート状の建材で、貼り付けて利用されています。
使用箇所はボイラー本体や配管、煙突、建築物の柱や梁・壁の耐火被覆材、空調などの保温材として利用されています。
アスベストレベル2の対策
レベル1と同様の対策が必要です。
アスベストレベル3:危険性は比較的低い
レベル3は、板状に成形された建材が該当します。固く割れにくい状態なので、飛散のリスクが低いという特徴があります。普段利用している分には飛散することはありませんが、経年劣化によって飛散しやすくなっていたり、解体作業により飛散する可能性があります。
建築物の屋根や外壁、天井・壁・床などの内装に広く使われています。
アスベストレベル3の対策
固く成形されていて、粉塵の飛散リスクが低いレベル3建材でも、破ったり、砕いたり、切断したり、穴を開けたりする作業では粉塵が飛散します。作業者は飛散レベルに応じた防じんマスクを着用する必要があります。
工事をしない選択肢もアリ
アスベストが発見されたからといって、必ずしもアスベスト除去工事を行う必要はありません。アスベスト除去工事により、増加するコストや工期への影響が大きい場合は、アスベスト発見箇所の工事を取りやめることも可能です。あくまでもアスベストを飛散させなければよいのです。
アスベストのみなし判定とは
みなし判定とは、工事対象物にアスベストが含有しているとみなして、アスベスト分析調査を行わずに解体や改修工事を行うことです。
みなし判定のメリット
みなし判定を行わない場合、工事対象物の採取・分析調査をおこないます。そしてアスベストの含有が発覚した建材については、アスベストのレベルに応じた対策を伴う工事を行い、排出物は石綿含有廃棄物としての廃棄が必要となります。
検体採取・分析費用、アスベスト含有工事、廃棄処分費用が、すべてかかります。
みなし判定は、検体採取・分析を行わずにアスベストが含まれているものとみなすことで、検体採取・分析費用分の圧縮が可能です。アスベスト含有の確率が高い建材の場合、コストが有利になるでしょう。
みなし判定のデメリット
みなし判定をした場合、以降の工程は必要となる可能性のある対策のうち、最も厳しい対策を取る必要があります。アスベスト含有を前提とした解体・工事、廃棄物処分の費用は、検体採取・分析費用よりも高くなるため、アスベスト含有確率を考慮しない場合、分析調査を行って、アスベストが含有しないことを証明し、アスベストを含まない通常の解体・工事で進めたほうがコストを下げることができます。
つまり、みなし判定をした場合、分析した結果、アスベストが含まれていなかった部分についての工事分が割高になってしまいます。
アスベスト関連法令に違反すると
ここでは、アスベスト事前調査を怠ったり、虚偽の報告を行った場合について概説します。
アスベストに関係する法令の種類
アスベストに関係する法令には以下のものがあります。
- 大気汚染防止法
- 労働安全衛生法
- 石綿障害予防規則
- 廃棄物の処理及び清掃に関する法律
- 環境確保条例
全国一斉パトロールの実施
厚生労働省、国土交通省、環境省と合同で、石綿対策についての全国一斉パトロールを毎年、6月から7月頃まで、10月から11月頃までの年2回、実施しています。
2023年のパトロール結果が公表されており、立入現場数は3,804。そのうち石綿指導ありの件数は1,040にも上ります(厚生労働省「石綿対策に係る全国一斉パトロールの実施」)。
罰則
アスベスト関連の規定に違反すれば、罰則の対象になります。またアスベスト解体工事に関する補助金の申請もできなくなります。
罰則は、3か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられます。作業基準に違反している場合、適合命令や作業の一時停止命令が出され、この命令に違反した際は6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
終わりに
本記事を通じて、アスベストの危険性と適切な調査・除去方法について理解を深めていただけたことと思います。アスベストは健康リスクを伴うため、正確な管理が必須です。私たちの安全な生活環境を確保するためには、専門の業者による正確な調査が不可欠です。
アスベストの安全管理に関して、疑問や不安があれば、アスベストバスターズをはじめとした信頼できる専門家に相談することをお勧めします。この情報が皆様の安全な環境作りに役立つことを願います。